桂浜 坂本龍馬像
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高知屈指の景勝地「桂浜」

坂本龍馬の聖地「桂浜」

 
  • 民謡「よさこい節」に月の名所として唄われた「桂浜」。 太平洋の雄大さを目の当たりにできる、風光明媚な浜である。 龍頭岬の丘の上には海を見下ろすように坂本龍馬の像が建っているほか、一帯は公園として整備され、坂本龍馬記念館や桂浜水族館、土佐闘犬センターなどもある。 坂本龍馬像は1928(昭和3)年、高知県の青年有志の募金によって建立された。 和服にブーツを履いた凛々しい龍馬は、はるか太平洋の彼方を見つめている。 像の高さは台座を含めるとなんと13.5m。

    (写真は、高知屈指の景勝地「桂浜」… 2012.12.23)




月の名所は「桂浜」 竜王岬に向かって、緩やかな弧を描く海岸。
波しぶきが豪快に打ち寄せる「竜王岬」 竜王岬に鎮座する、御祭神は大海津見神。
通称「桂浜の竜宮様、竜王宮」と親しまれ、海上安全、海中安全、さらに恋愛成就の神様として信仰されている。

 

名勝桂浜を見下ろす「国民宿舎・桂浜荘」と「桂浜水族館」 坂本龍馬像(太平洋を見下ろす、高さ13.5mの銅像)
高知灯台(高知県で最初に建設された灯台)
坂本龍馬記念館

坂本龍馬

 
  • 坂本龍馬は高知の城下町に住む郷土の次男として生まれ(1835年)、青年時代江戸に出、千葉道場で北辰一刀流を学び剣士として知られているが、文久元年(1861年)、いち早く武市半平太(瑞山)の土佐勤王党に参加した。 後、脱藩して勝海舟に師事して海軍建設を計画し又、長州(山口県)の桂小五郎(木戸孝允)、薩摩(鹿児島)の西郷隆盛を説いて慶応2年(1866年)薩長両藩の同盟協約を成功させ長州に押し寄せた幕府軍(徳川方)を撃破した。 これを機会に討幕運動が高まったが、龍馬はこの薩長同盟の勢力に土佐藩を加え、これを背景とする王政復古を考え、土佐藩の参政後藤象二郎を説き、立憲的な議会制度を基とする新政府の出現を期した。 山内容堂(15代藩主)は後藤の提案を受け入れて慶応3年(1867年)10月3日将軍慶喜に大政奉還を建白した。 将軍も時勢を察し、10月14日に政権返上を朝廷に上奏した。 龍馬はこれを喜び新政府創立に奔走したが11月15日京都河原町近江屋で幕府方の刺客に襲われ、同志中岡慎太郎とともに凶刃に倒れた。 龍馬は海援隊長。 慎太郎は陸援隊長として土佐藩の遊軍をつくり、その活躍が期待されたが、幕末の新旧勢力対立の犠牲となった。 時に龍馬は33歳、慎太郎は30歳であった。



 

高知屈指の景勝地「桂浜」 桂浜公園として砂浜に整備された遊歩道 太平洋から朝日が昇る、下に高知灯台
坂本龍馬記念館前の坂本龍馬像(シェイクハンド) 高知灯台(1883年、高知県が竜頭崎灯台として桂浜の竜頭岬に設置しましたが、戦後海上保安庁に移管され、1966年、高知灯台と名称を変更する。) 坂本龍馬像(像の高さは台座を含めるとなんと13.5m、銅像としては日本一の高さ)
土佐闘犬センター

 

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