知夫里島「赤壁」、中ノ島「隠岐神社・後鳥羽上皇御火葬塚」
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知夫里島「赤壁」

知夫里島「赤壁」

 

島前の南に位置する知夫里島の西岸に続く断崖絶壁の一部に鮮やかな赤い岩からなる高さ50m〜200mにも及ぶ巨大な岩石の壁です。 文字通りの赤壁と言われるこの崖の色は、この場所に火口があったことと、その噴火の性質が関係しています。 赤色は酸化鉄の色です。ガスと鉄分を多く含む玄武岩のマグマが、火口から高温で溶けたままの溶岩を飛び散らせるようにして噴出したために、その溶岩のしぶきが空気中で酸化(高温酸化)して冷え固まり、火口の周囲に降り積もったことで、このような赤色の火山ができました。 (写真は、知夫里島「赤壁」… 2018.7.23)




隠岐神社境内 隠岐神社「拝殿」後鳥羽天皇を祭る神社。
後鳥羽天皇は蹴鞠をよくされていたんだとか。神社には蹴鞠どころも設けられています。 後鳥羽上皇御火葬塚

隠岐神社

 

後鳥羽天皇崩御700年にあわせて、昭和14年に創建された神社。 祭神は後鳥羽天皇。歌聖と呼ばれた後鳥羽天皇を慕って、多くの俳人が今なお訪れる神社でもあり、地元行事が数多く行われる海士町を代表する神社。 神社は隠岐造りといわれる様式で、銅板葺きの本殿、祝詞舎、拝殿、神饌所、祭器庫、宝物館、神門回廊、社務所などからなり、 5万6,000平方メートルの境内には隠岐一とたたえられる桜並木が続いています。 近くには行在所跡や後鳥羽上皇御火葬塚、資料館などがあります。

隠岐神社のHPは、http://okijinja.sakura.ne.jp/index.html
後鳥羽上皇御火葬塚
  承久の乱により隠岐へ配流になった後鳥羽天皇は、在島19年後の延応元年(1240年)2月、60歳で崩御されました。 遺骨の大部分は今の御火葬塚に納められましたが、明治6年、明治天皇の思し召しにより、大阪の水無瀬神宮に合祀されました。 翌7年、祠殿は取り壊され山陵はその後、第82代後鳥羽天皇御火葬塚として、宮内庁で管理されています。



 

西ノ島町(美田港)知夫里島「赤壁」へ。 知夫里島「赤壁」クルージング。 約1時間余りで、海士町「菱浦港」到着。
隠岐神社「石鳥居」 参道には桜並木があり、春には花見客が訪れます。 狛犬に子狛犬
総門 拝殿内陣 海士町後鳥羽院資料館
岩牡蠣と鮑のしゃぶしゃぶ。 二日目の宿泊先「マリンポートホテル海士」 海士町のマンホールは、キンニャモニャ踊りのデザインの絵柄です。

 

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