城南宮の梅
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城南宮「春の山」

城南宮の歴史

 

平安時代の末、都へ出入りする武者の馬の蹄の音に怯えながらも、平安貴族は王朝の雅の華をこの城南離宮に咲かせたのでした。しかしながら承久3年(1221)、後鳥羽上皇が城南宮の祭礼の流鏑馬揃え(城南流鏑馬)と称し兵を集め承久の乱を起こし、その後すっかり武士の世となりました。 城南宮の方除の信仰はいつの世も変わることなく受け継がれ、文久3年(1861)皇女和宮様が14代将軍徳川家茂に嫁ぐ際、城南宮では方除・道中安全のご祈祷を承りました。 そして慶応4年(1868)1月3日、城南宮の参道に並べられた大砲が火を噴き、鳥羽伏見の戦いが始まり、明治維新を迎えたのです。 このように貴族の世から武士の世へ、そして武士の世から明治へと転換する歴史の舞台となったのです。

(写真は、城南宮「春の山」… 2007.3.3)

城南宮のHPは、http://www.jonangu.com/


 

春の山「城南宮の神苑」 春の山「城南宮の神苑」
「城南離宮の庭」城南の地が最も華やかであった離宮時代の様子を表す枯山水庭園。玉砂利が離宮の池を、緑濃い龍の鬚 が覆う部分が陸地を、そして岩組みが殿舎を象徴しています。 本殿

春の山

 

城南離宮の築山の一つである。春の山。 春の草木が次々に花が咲き、美しく装います。
椿(1月中旬〜3月中旬)、枝垂れ梅(2月下旬〜3月中旬)、笹百合(6月中旬)

流れ造りの本殿
  三間社流造の御本殿を奥に前殿、向拝、翼廊からなる素木造(しらきづく)りの複合建築で、城南宮独自の神社建築です。 桧皮(ひわだ)の屋根の流れ具合や軒端のそり、棟の先端にのる 獅子口、大床の高欄や浜床、階の登高欄及び擬宝珠、斗供(組物)、懸魚、蟇 股、菱格子、唐戸、六葉錺金具に至るまで、平安朝後期の和洋建築で調和統一されていて、簡素でありながら、優雅な平安建築文化を伝える全国唯一の文化財でもあります。



源氏物語花の庭「城南宮の神苑」

曲水の宴

 

木漏れ日もやわらかな平安の庭を、ゆるやかに曲がりながら流れる一筋の遣水(やりみず、小川)。 色とりどりの狩衣(かりぎぬ)や小袿(こうちき)といった平安時代の貴族の装束に身を包んだ7名の歌人が遣水の傍らの座に着くと、川上に控えた水干(すいかん)姿の童子が朱塗りの盃にお神酒を注ぎ、羽觴(うしょう、おしどりの姿を象った盃台)の背に載せて流します。 琴の音が響く中、歌人はその日の題にちなんで和歌を詠み、短冊にしたためます。 そして、目の前に流れ来る羽觴を取り上げ、盃のお酒をいただくのです。宴の間には白拍子の舞も静々と披露され、ゆったりと時間が流れる王朝の雅を今に再現しています。 「平安の庭」毎年4月29日と11月3日に有名な曲水の宴が行われる場所でもある。




城南宮「鳥居」 夏越の大祓い(茅の輪くぐり)

夏越の大祓い

 

夏越の大祓いは、一年のちょうど半分の区切りにお祓いをして、これから迎える暑い夏を健やかにすごそうとする神事です。 参拝者が 「水無月の夏越の祓いをする人は、千歳の命のぶというなり」 などと唱えながら、境内の茅の輪(葦の葉で作った輪)を、左に回り右に回って、再びくぐり抜けて本殿にお参りをします。 そして神苑の春の山に進み、人形 (ひとがた) を禊 (みそぎ) の小川」 に流す。 こうして半年の間の罪や穢れを祓い心身を清浄にし、これからの暑さに負けないよう、また残り半年の無病息災を祈願します。




城南宮鳥居
拝殿 本殿
「城南宮の神苑」入口大人:500円
「城南宮の神苑」
室町の庭
「城南宮の神苑」散椿 湧き水の回りには芹の草。 馬酔木(あせび)の花。

 

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