大山祇神社の別院として建立「南光坊」
四国霊場のうち「坊」がつく寺院はこの南光坊だけである。 正式には光明寺金剛院南光坊という。 今治市の中心街にあるが起源は古く、航海の神、総鎮守・伊予一の宮の大山祇神社と深くかかわる歴史を有する。 文武天皇の勅願を受けた越智玉純は大宝三年(703)、大三島に大山祗神社を建立した。 しかし参拝には海を渡る必要があったため、和銅5年(712)に8つの坊を四国本土に移転する。 この法楽所が五十五番の始まりである。 弘法大師は四国巡錫のとき、別宮に参拝し、坊で法楽をあげて霊地とした。 (写真は、南光坊「本堂」… 2013.10.13)
四国霊場のうち「坊」がつく寺院はこの南光坊だけである。 正式には光明寺金剛院南光坊という。 今治市の中心街にあるが起源は古く、航海の神、総鎮守・伊予一の宮の大山祇神社と深くかかわる歴史を有する。 文武天皇の勅願を受けた越智玉純は大宝三年(703)、大三島に大山祗神社を建立した。 しかし参拝には海を渡る必要があったため、和銅5年(712)に8つの坊を四国本土に移転する。 この法楽所が五十五番の始まりである。 弘法大師は四国巡錫のとき、別宮に参拝し、坊で法楽をあげて霊地とした。
(写真は、南光坊「本堂」… 2013.10.13)
今治市街方面へ直進。今治大丸の前を左折、約500mの左手にあります。